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精神的基盤

十字の園内施設礼拝メッセージ(毎週更新)

使徒言行録9章17~19節『サウロの回心』

聖書 使徒言行録9章17~19節

そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、食事をして元気を取り戻した。

1.「回心(かいしん)」とは、「神に背いている自らの罪を認め神に立ち返る個人的な信仰体験のことを指す」とあります。同じ字を仏教では「えしん」と読み、「心を改めて仏道にはいること」をいいます。「かいしん」には「改心」がありますが、キリスト教では「回心」になります。

2.「心を回す」とは意味が深いと思います。私と神との関係で、神に背いている「私」が心を回転させて神に向けること。私たちが心を回すと、そこに、ずっと自分を見ておられた主の姿があります。

3.「サウロ」といわれていたころはキリスト教を迫害をしていました。ステファノの石打のときも立ち会っていてサウロの名前がでて来ました。ローマの市民権があり、ファリサイ派で律法を完璧に守っていたエリートでありました。

4.ステファノが石打の刑のとき、サウロと言われていたパウロも立ち会っていて、ステファノの衣服はたたんでそこに置いてあった。

5.サウロはイエス様に出会います。
 9章3節から「ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と呼びかける声を聞いた。『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、答えがあった。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。』 同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。

6.イエスに出会ったサウロは目が見えなくなってしまいました。
 サウロの目を開けたのはイエスから言われたアナニアです。「幻の中で主が、『アナニア』と呼びかけると、アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。すると、主は言われた。『立って、[直線通り]と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ』。しかし、アナニアは一度断りました。『すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」

7.パウロは伝道旅行を3度しています。また、獄中のなかも含め伝道の手紙も書いています。見解は異なりますが、『テサロニケ人への第1,第2の手紙』、『ガラテア人への手紙』、『コリント人への第1,第2の手紙』、『ローマ人への手紙』、『ピリピ人への手紙』、『ピレモンへの手紙』、『コロサイ人への手紙』、『エペソ人への手紙』、『テモテへの第1,第2の手紙』『テトスへの手紙』、『ヘブル人への手紙』の14書簡です。

使徒言行録8章4~8節『サマリアで福音を告げ知らせた』

聖書 使徒言行録8章4~8節

4さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。5フィリポはサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。6群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った。7実際、汚れた霊に取りつかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫びながら出て行き、多くの中風患者や足の不自由な人もいやしてもらった。8町の人々は大変喜んだ。

1. ステファノが殺されたその日のうちにエルサレムの教会も襲われ、信徒たちを残し、ほかの信徒たちはあちこちに散っていった。でも、みんな逃げ出したわけではない。逃げた先で信徒たちは、イエス様の福音を告げ知らされたんだ。中でも、スタファノの同僚だったフィリポは、サマリアで宣教と癒しを行い、魔術師シモンを回心させたり、エチオピア人(女王カンタケの宦官の洗礼を授けたりした。こうしてイエス様の福音は、弟子たちによって各地に伝えられることになりました。
2. 2017年の世界の総人口(ブリタニカ2017年版)では、7,432,663千人で、キリスト教は2,447,988千人(カトリック、プロテスタント、東方正教会)で32.9%、イスラム教1,752,045千人(23.6%)、ヒンズー教1,019,421千人(13.7%)、仏教521,492千人(7%)となっています。(東京基督教大学国際宗教センター)
3. 初代の信徒たちの働きは全世界に広まり、今では全人口の32.9%、24.5億人がキリスト教です。
4. アジア45.8億人で3.8億のキリスト者、アフリカは12.2億で6億、ヨーロッパ、北アメリカ、ラテンアメリカ、オセアニアでは多くはキリスト者です。
5. アジアの中でも、フィリピンはキリスト者の比率が高く、また、韓国では25%はキリスト者です。しかし、日本では人口の1%です。
6. 私が住んでいるところで今年は班長になっています。浜松は、凧揚げで各町内で山車を持っていて祭りには町内総出で盛り上げます。半田町は凧揚げには出ていませんが、半田町内に山車があります。私の所には六所神社があり、町内に住んでいると何も言わなければ「氏子」になっています。私はクリスチャンですから氏子にはなっていません。
7. 「氏子」ではないからといっても、班長であるので、まったくの知らん顔はできません。神社の掃除当番が年に1回ありますが、行かなくてはなりませんし、秋の祭りは全体の運営が私の組が当番で、そのための役割がついてきます。
8. イエス様でさえ、自分の生まれ生活したところ、兄弟親戚への伝道は困難でした。同じように、普段の生活している地域や兄弟の中への伝道はしにくいものです。私の場合はクリスチャンとしては親兄弟には認知されていますが、キリスト教の話は伝道として伝えにくいものです。
9. ハニ姉妹は十字の園を「『伝道と奉仕』の団体」と言っています。法人内ではキリスト教の話は大いに結構です。遠慮しないで伝道しましょう。

使徒言行録7章54~60節『ステファノの殉教』

54人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。55ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、56「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。57人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、58都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。59人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。60それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。

1.福音と癒しの業で、使徒たちの評判はどんどん上がってきた。でも、大祭司とその仲間のサドカイ派たちは、それをねたみ、使徒たちを捕まえ、最高法院で裁判にかけ、イエスさまのように死刑にしようとした。

2.イエスの死と復活、昇天からあまり時間が経っていないときです。新し起こってきたキリスト教についてはまだまだ受け入れられてはいない時期で、その宗教を伝道するとに対しては抵抗があります。いろいろな迫害、困難なことがありました。

3.ファリサイ派の律法学者ガマリエルによって死刑をまぬがれたものの、使徒たちはこれ以上にイエスの名によって話すなと命令された。おれでも、聖霊を受けた使徒たちは恐れることなく福音を告げ知らせ続けた。

4.ステファノはギリシャ語の呼び方で、英語ではスティーヴン、ステファノス(ギリシャ語)、スティーヴン(英語)、エチエンヌ(フランス語)、シュテファン(ドイツ語)、エステーベ(スペイン語)、ステファン(ロシア語)です。

5.ステファノは、7章1節からペテロたち弟子と同じように、人々の前で説教をし、イエスの福音を語り始めた。それは、アブラムから始まって、イサク、ヤコブ、モーセ、ダビデ、ヨセフなど、旧約聖書のことを語ります。ユダヤ人にはそのことと結びつけることが必要だからです。

6.ステファノは、「不思議な業としるし」によって人々をひきつけたため、これをよく思わない人々によって訴えられ、最高法院に引き立てられた。そこでもステファノはユダヤ人の歴史を引き合いにしながら「神殿偏重に陥っている」とユダヤ教を批判したため、ファリサイ派によって石打ちの刑に処せられた。

7.この図の中には、「ステファノは神さまの力を証しするすぐれた働きをしていた。キリスト教に反対する人たちが議論をふっかけたけど、ステファノにはかなわなかった。それでかられは嘘の訴えをして裁判にかけてしまったんだ。その場でステファノは『あなたがたはこれまでいつも神さまに逆らってきた』と、堂々と厳しい言葉で主張した。人々は怒ってステファノを『石打ちの刑』で殺してしまった。」と書かれています。

8.ステファノは、キリスト教の最初の殉教者となりました。(信仰のために命を献下駄人のこと)。

9.戦争中に、敵国のキリスト教を信仰していることで捕まえられたり、殺されたりした信者、牧師がいたと聞きました。

10.弟子の死: アンデレ(はりつけの刑)、バルトロマイ(はりつけの刑)、アルパヨの子、ヤコブ(石打の刑)、ゼベダイの子、ヤコブ(首を落とされる)、ヨハネ(信仰のゆえに離れ小島に送られ、生涯を終える)、ユダ(石打の刑)、マタイ(槍で刺し通される)、ペテロ(逆さはりつけの刑)、ピリポ(はりつけの刑)、シモン(はりつけの刑)、トマス(槍で刺し通される)、マッテヤ(石打の刑)

使徒言行録6章1~7節『選ばれた奉仕者たち』

1そのころ、弟子の数が増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていたからである。2そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。3それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。4わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。」5一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、6使徒たちの前に立たせた。使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。7こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。

1.12弟子を中心に集まってきた人たちは、はじめ、持っているものを奉げて分けあい、互いに生活を支え合っていた。

2.ところが、人数が増えてくると、それがうまくいかなくなってきた。12人はみんなに提案し、新しく7人の人を選んで教会の働きを担ってもらうようにした。

3.選ばれた7人は、ステファノ、フィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、ニコラオであった。

4.12弟子の伝道は広まったが、人数が増えると合わせて、これまでのすべてを分け合っていた社会が崩れ始めた。その地域で生活していた人たちは「ヘブライ語を話すユダヤ人」でしたが、そこに移って生活をはじめた新しく加わった「ギリシャ語を話すユダヤ人」からの食べ物などの不公平への不満が出始めた。

5.人の選ばれた基準は、①霊に満ちた②知恵に満ちた③評判の良い人です。

6.このうち、ステファノとフィリポ以外は聖書の中では活躍の姿は記されていない。3つの条件に合う評判の良い人たちであった。信仰深く、みんなから信頼されていた有能な働き手であった。7人の特徴はつぎの表で見ることができます。

7.ステファノの個人情報

8.ペトロたちの伝道から、選ばれた7人の奉仕者も伝道をします。7章から8章にかけてステファノの記事が出てきます。

9. 教会の規模が大きくなる。そこで苦情を申し立てる人たちが出てきた、ということは、信徒同士での意思の疎通がうまくいかなくなった、ということでもあります。教会の規模の大小にかかわらず、意思の疎通がうまくいかない、ということは普通にあることです。まして、数千という単位の信徒になってきた 教会の中で、しかも文化や、言語や、習慣の違う者たちの間で、齟齬が生まれ るのは、当たり前のことです。その時使徒たちは、「祈りと御言葉の奉仕に専念」するため、教会の中に務めを担う人を選出した、ということは、使徒たちは教会の秩序というというものを十分承知していた、ということなのでしょう。

使徒言行録5章1~2、、7~10節 バルナバとアナニア

1ところが、アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、2妻も承知のうえで、代金をごまかし、その一部を持って来て使徒たちの足もとに置いた。

7それから三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。8ペトロは彼女に話しかけた。「あなたたちは、あの土地をこれこれの値段で売ったのか。言いなさい。」彼女は、「はい、その値段です」と言った。9ペトロは言った。「二人で示し合わせて、主の霊を試すとは、何としたことか。見なさい。あなたの夫を葬りに行った人たちが、もう入り口まで来ている。今度はあなたを担ぎ出すだろう。」10すると、彼女はたちまちペトロの足もとに倒れ、息が絶えた。

1.このころは原始共産の時代で、4:34~35「信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである。」という生活でした。

2.バルナバという人がいました。
バルナバとは「慰めの子」という意味で、本名はヨセフで、キプロス島の生まれで、彼は、教会のために持っていた畑を売り払い、その代金を献げました。そこから教会員としての歩みが始まりました。

3.アナニアとサフィラはどうしたでしょうか
アナニアとサフィラは夫婦です。今日読んだ聖書の話です。
「ところで」と話がはじまります。

4.アナニアとサフィラは、持っていた土地を売り払い、その代金を教会に献げようとしました。しかし、二人には「自分たちも、バルナバみたいにみんなに『すごい』とほめてもらえるぞ」という下心がありました。

5.「1ところが、アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、2妻も承知のうえで、代金をごまかし、その一部を持って来て使徒たちの足もとに置いた。」。

6.それから三時間ほどたって妻のサフィラがきました。ペトロは彼女に語りかけました。「あなたたちは、あの土地をこれこれの値段で売ったのか。言いなさい。」彼女は、「はい、その値段です」と言った。9ペトロは言った。「二人で示し合わせて、主の霊を試すとは、何としたことか。見なさい。あなたの夫を葬りに行った人たちが、もう入り口まで来ている。今度はあなたを担ぎ出すだろう。」10すると、彼女はたちまちペトロの足もとに倒れ、息が絶えた。

7.バルナバとアナニア夫妻はどう違いますか。

8.アナニアは神への献げものをごまかしました。それも妻のサフィラと示し合わせてごまかしました。バルナバはすなおにすべてを献げました。
その結果、「アナニア、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、土地の代金をごまかしたのか。売らないでおけば、あなたのものだったし、また、売っても、その代金は自分の思いどおりになったのではないか。どうして、こんなことをする気になったのか。あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」とあり、妻も、ペトロの足元に倒れました。

9.バルナバは教会の一員として働きに加わり、使徒言行録11章には、つぎのような記事があります。
「教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した。バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。こうして、多くの人が主へと導かれた。それから、バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。二人は、丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。」
伝道者として良き働きをしたのです。

10.クリスチャンは、毎週教会で礼拝の中で献金があるので、献金や寄付は自然の行為ですが、一般的には神社に行ってお賽銭を出すことぐらいでしょうか。

11.今日の話で覚えておきたいことは、神さまは私たちの心のうちまで見抜いているということ。人には嘘や誤魔化しは通用しても、神さまは通用しない。その証拠に、自分の中で葛藤がおきます。そんな経験は誰しもあります。素直に生きたいものです。

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