人格を尊重し、生きる喜び、生きる自由、生きる希望を創ります。

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「こんにちは」 平井です

私には夢があります。希望があります。前を向いて歩いています。
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  ☆ご意見をどうぞ 理事長アドレス chairman@jyuji.or.jp

以下には「新年の言葉」「敬老の日の言葉」理事長メッセージを掲載

2019年 新年の言葉

 

「平和を尋ね求め、追い求めよ。」

    (詩篇34編15節)

 新年明けましておめでとうございます。朝のラジオから、「皆様にとって良い日でありますように」と聞こえてくると、何となくうれしく一日がスタートします。さりげない一言が人の心の善し悪しにつながります。
 今年の聖句は、旧約聖書詩篇から「平和を尋ね求め、追い求めよ。」です。2018年のノーベル平和賞は、コンゴの産婦人科医デニ・ムクウェゲとイラク北部出身の人権活動家ナディア・ムラドが受賞しました。「国際平和、軍備縮小、人権擁護」などが、人間社会でいう「平和」につながります。
 今年の聖句の前には、「喜びをもって生き、長生きして幸いを見ようと望む者は、舌を悪から、唇を偽りの言葉から遠ざけ、悪を避け、善を行い」とあり、それに続いて「平和を尋ね」とあります。グローバル社会と言われる今日では、国や地域の垣根を超えて「人・物・思想・宗教」が行き交います。良い交わりであればいいのですが、時に、対立し、「防御」「防衛」「正義」を盾にして喧嘩や、戦争になることもあります。国では「自国主義」、個人では「自己中心」になります。キリスト教ではこれを「罪(原罪)」と言います。
 マザー・テレサは、「隣人愛」の活動により、ノーベル平和賞を受賞しました。マザー・テレサの活動は、キリスト教的な意味では、「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである」(マタイ25・40)の聖書からの実践です。「キリストは、一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、神と和解させました」(エフェソ2・16)があります。この「和解」こそが平和へのキーワードではないでしょうか。「和解」とは「もめ事のあった者が仲直りすること」です。意地を張らずに、自分を押し通そうとしないで、人の話を聞き、自分の話を伝えことが「仲良し」のコツであり、「共に生きる」コツです。新しき年も「仲良き事は、美しき哉」と言える一日一日を重ねてください。
 お一人おひとりの上に、救い主イエスの御恵みと御祝福と御導きが豊かにありますよう心よりお祈り申し上げます。
2019年1月
         社会福祉法人 十字の園
          理事長 平 井 章

フランシスコの平和の祈り

 主よ、わたしを平和の器とならせてください。

 憎しみがあるところに愛を、争いがあるところに赦しを、
 分裂があるところに一致を、疑いのあるところに信仰を、
 誤りがあるところに真理を、絶望があるところに希望を、
 闇あるところに光を、悲しみあるところに喜びを。

 ああ、主よ、慰められるよりも慰める者としてください。
 理解されるよりも理解する者に、愛されるよりも愛する者に。
 それは、わたしたちが、自ら与えることによって受け、
 許すことによって赦され、
 自分のからだをささげて死ぬことによって
 とこしえの命を得ることができるからです。

マザー・テレサの平和の祈り

 愛は家庭から始まります。
 まず家庭の中で不幸な人を救いなさい。
 両者が愛し合い、母親が家庭の中心となりなさい。
 平和とうるおいの家庭が築けたら、隣人を愛しなさい。
 自分が、自分の家庭が、愛に満たされなければ隣人を愛せません。

小学六年生の「平和の誓い」(2018年広島平和記念式典)

 平和とは、自然に笑顔になれること。
 平和とは、人も自分も幸せであること。
 平和とは、夢や希望をもてる未来があること。

2018年 敬老の日の言葉

 

およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。だから、萎えた手と弱くなったひざをまっすぐにしなさい。

(ヘブライ人への手紙12章11~12節)

 ドイツディアコニッセ(奉仕女)のハニ・ウォルフさんによって日本で初めての看護(介護)老人ホーム十字の園が出来ました。その時から58年が過ぎましたが、十字の園の「創立の精神(こころ)」は受け継がれています。十字の園の玄関の碑には「夕暮になっても光がある(字=鈴木生二)」、裏面には「主イエス・キリストよ、あなたの御命令でこの家を建てますから、あなたがこの家の基礎になってください(祈り=ハニ・ウォルフ)」と刻まれています。

 今年はヘブライ人への手紙12章が与えられました。私たちは、普通の生活、日常の生活、当り前の生活が続くことを願いつつも、突然それを失うことがあります。経済的、身体的、対人的と理由は様々ですが、だれでも大なり小なりあるのではないでしょうか。自分で何とかしようする時期、できない自分を嘆く時期、自分の弱さ、無力さを思い知らされ、誰かに頼りたくなる時期があります。ある人は「助けて!といってもいい」と言っています。鍛錬を重ねる中で「義という平和に満ちた実を結ばせる」とあり、続けて、「萎えた手と弱くなったひざをまっすぐにしなさい。」と聖書は励まします。
 40年前、職員の土田セイさんが特養入居者の生活をスケッチし、林冨美子先生の机に置いておきました。白鳥の絵があります。絵の下に「目も耳も遠くなってゆく現実の中で、積み重ねてきた思い出を、人知れず両手で包み、しっかりと胸に抱いているのが老人なのです。この老人たちも、昔は大なり小なり一国一城の主でした。」と言葉が添えられていました。そのスケッチに詩を書き入れて出版されたのが『夕暮になっても光がある(特養寮母の看護絵日記)』です。「宝石が、その原石から何百回かカットされ、磨かれて完成されていくように、人間の魂の最後の仕上げは、この老人ホームにおいてなされるのではないかとさえ思います。」と言葉が添えられていました。

2018年 新年の言葉

 

''「渇いている者には、わたしが、命の水の泉から価なしに飲ませよう。」''

           (ヨハネの黙示録21章6節)

 新年明けましておめでとうございます。皆様にとって、神様と共にあって、夢のある、希望がある年となりますよう心よりお祈り申し上げます。
 今年の聖句は、ヨハネの黙示録から「新しい天と新しい地を見た」から始まる天国への預言が選ばれています。昨年の流行語大賞は「インスタ映え」「忖度(そんたく)」ですが、社会の様子から、嘘、偽り、虐待、詐欺、隠ぺい、貧困、難民、テロ、移民排斥などの言葉もメディアの中に多く目にしました。日々の聖句(ローズンゲン)の2018年の聖句は「渇いている者には、わたしが、命の水の泉から価なしに飲ませよう。」です。
 月面着陸から間もなく50年になります。宇宙旅行(1人2千万円)に申込者が500人、数年後には実現するといいます。人工知能(AI)ロボットが囲碁や将棋で勝利し、さらにロボット自身で能力をアップしているといいます。夢のような話が夢ではないのです。「人間は何でもできる、何でも手に入る」と思い込んではいないでしょうか。ロボットが中心のホテルが登場しました。福祉にも介護ロボットが登場し、益々進歩して介護の助けとなっていくでしょう。人間がロボットに勝るものは、心のこもった「おもてなし」「思いやり」ではないでしょうか。そのためには心に「潤い」が必要です。それも「潤い」続けていなければなりません。本を読んだり慰められたりしてもわたしたちの心はすぐ渇いてしまいます。
 「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない(ヨハネ福音書)」というイエスの水は、「渇いている者に」飲ませようという「命の水」と同じです。霊(魂)に届く水でなければ渇いてしまいます。馴染みは少ないと思いますが、今年は「スピリチュアル(ケア)」を合言葉に、心に潤いを持ち、互いに愛(AI)を分かち合う「思いやり」の一年にしたいものです。
 お一人おひとりの上に、救い主イエスの御恵みと御祝福と御導きが豊かにありますよう心よりお祈り申し上げます。
 2018年1月

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